おたあジュリアを偲ぶ

豊臣秀吉の朝鮮の役の際、戦争孤児として日本に連れてこられたおたあジュリア

クリスチャンであったジュリア終焉の地がここ神津島であり

島の人々に尽くしたジュリアを偲ぶため、この十字架が立てられました。

ありま十字架.jpg

ありまを反対から読むと...

村内にはジュリアの墓、流人墓地があります。

毎年5月中旬頃には、彼女を偲んでジュリア祭が実施されています。

【アクセス】

ありま展望台:神津島港より徒歩約40分

流人墓地:神津島港より徒歩約8分

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このページは、産業観光課が2020年3月23日 08:50に書いたブログ記事です。

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