第47回ジュリア祭が行われました。

第47回 ジュリア祭が行われました。

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江戸時代に神津島へと流刑となった、おたあジュリアを偲ぶ、「ジュリア祭」が行われました。
半世紀近い、第47回を迎えています。



おたあジュリアは、朝鮮半島の出身で、1590年頃の豊臣秀吉の戦乱によって保護され、
日本の大名の小西行長らによって育てられました。

小西行長らの拠点は、現在の熊本県宇土市付近。
天草も近く、このあたりで信仰を深めていったのだと考えられています。

関ケ原の戦いで大きく時代が動き、
徳川家康の目に留まった、おたあジュリアは、駿河城にて徳川家康の侍女として仕えました。

しかし、禁教令が出されてしまい、おたあ・ジュリアは改宗を求められました。
しかし、おたあジュリアは頑なに信仰を続けたため、1612年に流刑となってしまったといわれています。


禁教令を出したのは、徳川家康で、
おたあ・ジュリアが仕えていた城は、駿河城、徳川家康の城です。


徳川家康もなくなく、側近として仕えていたおたあジュリアを流刑にしざるを得なかったといわれています。


おたあジュリアは、駿河から網代へ移され、まずは伊豆大島へ流され、
30日程の滞在でより遠くの新島へ。
さら、15日程の滞在で神津島へと流されました。

1612年。今から約四百年も前の出来事です。



ジュリア祭では、

・流人墓地のお参り

・ジュリア顕彰碑でのミサ

・日韓芸能交流会
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・十字架のライトアップ
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・偲びの夕べ(夕食会)
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・三位一体のミサ

・お別れ会(神津太鼓演奏、餅つき) などが行われました。

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このページは、産業観光課が2016年5月23日 16:42に書いたブログ記事です。

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