森田の牛留

平成28年4月14日 森田の牛留

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今日は、神津島のちょっとした場所を紹介いたします。

高処山と天上山の谷間には「森田」と言われる場所がありますが、
ここに「森田の牛留」というちょっとした遺跡があります。

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説明板によると、

「元禄時代(一六八八)以前から、神津島には野牛が多く生息していた。
これは、幕府が飢饉に対する食料確保と役牛として飼育することを推奨するために送ったものであったが、
野生化し繁殖したものである。

この野牛もいつ頃かははっきりしないが、捕獲され絶えてしまっている。

古老の話によると、群れをなした野牛が、天上山からふもとへ降りてくるのを見た事があるという。

その当時、野牛から畑作物の害を防ぐために深さ二m、幅二mほどの壕を掘り、石積みをした。」

と記載されています。


森の中を牛が闊歩していたと想像すると何かおもしろいですね。
現在でいう、本土での鹿やイノシシ食害のような問題が発生していたということです。

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この辺りは、上記のとおり牛留のような石垣がありますが、

田んぼの畔のような形状も見ることができました。
「森田」の名前の通り、森の中の田んぼだったんでしょうか?

神津島には「田の沢」という地名もあり、そこでは稲作をしていたとのことなので、
森田でも稲作をしていたかもしれませんね。

山の中に色々と残っている神津島でした。

このブログ記事について

このページは、産業観光課が2016年4月14日 17:16に書いたブログ記事です。

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