2016年1月過去の情報

ソフトバレー大会が開催されました。

平成28年1月23日 ソフトバレー大会「第1回オーシャンカップ」が開催されました。

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ソフトバレーとは、バレーボールとほぼ同じルールで行いますが、
バレーボールよりボールが大きく柔らかく、
コートのサイズがバトミントンのダブルスの外側の線と同じ大きさ、
ネットもバトミントンのネットを利用可能となっている、
1チーム4人を基本とするなどの点で違いがあります。

ボールが大きく柔らかいため、バレーボールで難しい「パス」も容易にでき、
「誰でも、いつでも、どこでも、いつまでも」をもっとうにしているスポーツです。

大会開催にあたり、
東京都ソフトバレーボール連盟より
豊田博会長(ソフトバレーボールの生みの親ともいわれている方です)にお越しいただきました。


島外チームとして、フリーの部には、

・PRAIA
神津島のバレーボール普及にご尽力頂き、この大会の発足にもご協力頂いた、
岩本洋氏(元全日本女子バレー監督、東京都ソフトバレーボール連盟副会長)率いるチーム
(田中直樹氏(元全日本男子バレーボール選手)、丸山由美氏(旧姓:江上、元オリンピックバレーボール女子日本代表)も入ったそうそうたるメンバー)
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・だっきーず(新潟県) 

・はせくらぶ(長野県)

・イーストアタック(東京都)

レディースの部には、
・厚生年金(東京都)の計5チームが参加して頂きました。



大会は、男女2名ずつ計4人で行うフリー部門に6チーム、
女性のみのチームで行うレディース部門に4チームが参加し、
予選リーグ(3チームで総当たり戦)を行い、リーグ同順位での順位決定戦を行い順位を決めました。
レディース部門は4チームでの総当たり戦で順位を決めます。


真剣に行え、なおかつ簡単に楽しくできるソフトバレーは、
参加する選手達をすぐに熱中させていました。
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1プレー1プレーで掛け声が飛び交い、チームがどんどんまとまっていき、
「試合に勝つ」という意志がヒシヒシと見ている方まで伝わってきます。

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マッチポイントともなるとどの選手の目も真剣にサーブされるボールを追いかけ、
仲間たちへのラリーへ繋ぎ、そして勝利へと繋ぐトス、そしてアタック!を繰り出し、
ボールはソフトですが、気持はハードな試合を展開していました。
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フリー部門の優勝は、「はせくらぶ」チームです。
おめでとうございました。長野県から参加していただきました。

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準優勝は、「PRAIA」チーム
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3位「イーストアタック」
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4位「だっきーず」
5位「Akira’s」
6位「チェルシー」 です。

レディース部門の優勝は、「厚生年金」チームです。
おめでとうございました。

準優勝は、「シェリーズ」
3位は「グリーン」チーム
4位は「ナメコ」チームとなりました。


ソフトバレー大会に参加された、皆様、お疲れ様でした。
次回の大会でもお待ちしております!次回の優勝を目指してがんばりましょう!
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島内の皆様、島外からの参加、ご協力して頂いた皆様ありがとうございました。

平成28年1月18日(月) 地域住民のための健康体操教室が開催されました。

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生きがい健康センターホールにて、講師を招いての健康体操教室が開かれました。
講師は伊豆大島出身の新井恵子さんです。

約15人ほどの方が参加し、健康を意識して、体操に励んでいました。

簡単な講義と共に話はすすめられ、
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肺活量の話になり、どの家庭にもある、ポリ袋を使って自分の肺活量の実力を体感しました。
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20?30歳代の方なら、このくらいのポリ袋を一息でいっぱいにできるのが目安だそうです。

いっぱいに膨らむ方から、少ししか膨らまなかった方など、様々でした。

続いて、背筋が曲がる話や、普段は手が縮んでしまっている話をされ、
筋肉を伸ばすことの大切さを教えてくれました。

驚いたのは、肩こりの時に、肩をぐりぐり回してしまうのは、逆効果で、
治りかけていた筋肉を傷つけてしまうということしでした。
肩こりの時にそれをやり続けてしまうと治らないので、気を付けましょうということです。

その後は、いよいよ本格的に体を動かします。

背中を伸ばすために、肘を引く運動、
イスに座りながらも足を鍛える運動、
立ってふくらはぎを鍛えるかかと上げ運動など数セットを行い、
日頃の運動不足を少しは解消していました。

かかと上げ運動はつらいもので、
デスクワークが多い方で足がつってしまった人もいました。

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2時間の体操教室は大盛況のうちに終了しました。

かかと上げ運動は歯磨きの間でもできるというので、
それができれば健康に大きく近づと教わりました。

この教室で学んだことを持ち帰り実践し、さらには知人へと伝え、
島全体で健康となる流れになればよいですね。

神津島も大荒れの天気に

平成28年1月24日 記録的な寒波で大荒れの天気となりました。

記録的な寒波で西日本を中心に大荒れの天気となる中、神津島では強風が吹き荒れました。

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24日の最大瞬間風速は、秒速31.2m、
25日の最大瞬間風速は、秒速27.5mでした。

これは、1秒間に約30mも進む風ということです。
100mを約3秒で、1kmを30秒で進み、時速に直すと時速120kmほどの速さです。

秒速30mの風は、雨戸や屋根を飛ばしてしまう風と言われ、しっかりしていない家屋は倒壊するほどの風で、
並みの台風程の風と言われています。


そんな風が一日中吹いていた神津島ですが、
24日の夕方には翌日25日のすべての船の欠航が決まってしまいました。

このタイミングで「ソフトバレーボール大会」等のイベントが開かれていた神津島では、
たくさんの関係者の方が来島していましたが、乗船予定の船の欠航が決定してしまい、
本土へ戻る予定の方々は、翌日の飛行機の就航を祈るしかありませんでした。
 


翌日25日。
調布飛行場は快晴。
気温は低いものの、地上では風をほとんど感じることのない朝を迎えていました。
この場面だけを見ると天候調査中というのが嘘のように感じます。
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調布飛行場から運航する神津島行きの第1便は8時45分の出発。

朝7時30分から更新されるインターネットの運航状況はずっと「天候調査中」の文字。

搭乗前も
「調布飛行場を離陸し島へと向かいますが、天候により、着陸できないと判断された場合は調布飛行場に戻ってきます。」
「なので、戻ってくる場合、1時間30分程のフライトになるので、必ずトイレを済ましてください」との説明をされ、
いよいよ、神津島へ向けて出発です。神津島空港で就航を祈りながら待っている方々を迎えに。


調布飛行場の離陸は順調です。
順調に高度を上げましたが・・・

すぐに強風による煽りが始まりました。

機体はガタガタ揺れ、車のスリップのように機体が風に押され横滑りするような感覚が襲い、
いつものような穏やかで横浜や三浦半島、富士山や江の島を眺める楽しいフライトにはならないことを諭されました。

海を眺めれば、いつもは青一色の輝く水面も、今日は別の表情。
海一面に白い筋がいくつもいくつも並び、
海という美しい水面ににまるでヒビが入ってしまったかのようです。

さらに、飛行機の高度からでも、
海のうねりがわかるほど、海面は歪み、伊豆の島々にぶつかっていました。


なんとか、神津島上空までやってきました。
前浜方面から近づき、普段なら千両池、灯台を眼下に東向きで着陸するのですが、
東向きだと西風に乗ってしまうため、本日は大きく旋回。

多幸湾、天上山を眺めながら、西向きで滑走路へと向かいます。
西から吹く強風に挑んでいくようでうす。
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機体を大きく傾け旋回。

滑走路に向けて降下しはじめます。

滑走路へ向かう途中にも襲いかかる西風。
その西風は、機体を持ち上げてしまい着陸の邪魔をします。

島の大地に機体の小さな影が映りました。
神津島まではあと少しです。

風による影響を瞬時に感じ取り、パイロットは負けじと機体を操り、
機体を上下左右に揺らしながら滑走路を目指します。
普段より機首を地面に刺しこむ勢いで降下しました。

そうすると、島に映る機体の影が次第に大きくなり、
点のようだった影がはっきりと飛行機の影であると思った瞬間

影と機体が神津島の大地を介して繋がる振動が襲い、
同時に「ぎゅぅーーーーーーー」という車輪のブレーキ音が響きました。


着陸成功です。


調布飛行場からは4人程しか乗っていませんでしたが、
神津島空港では、搭乗予定の方々が無事の到着を待っていました。

神津島空港のラウンジは、調布飛行場以上の賑わいをみせて、
無事に本土へと戻れるであろう安堵感で笑顔が溢れていました。

この時の神津島、9時20分頃の風は、
最大瞬間風速は秒速26m、
最大風速は秒速19mでした。

その後、神津島発の1便は無事に出発。
船で帰れず困っていた方々を定員いっぱいに載せて、影を小さくしていきました。

続く2便も無事に就航。
このときの、
最大瞬間風速は秒速28m、
最大風速は秒速19mでした、

しかし3便は・・・欠航。
最大瞬間風速は秒速29m、
最大風速は秒速22mでした。


こうして、強風と飛行機運航のギリギリを見せてくれた神津島の1日でした。

神津中学校の展示会が開催されました。

平成28年1月15から17日 神津中学校で展示会が開催されました。

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神津中学校体育館にて中学生、地域の方の作品展示会が行われました。

中学生の美術作品、書初め、体験学習のポスター掲載、手芸作品、神津島夢プロジェクト作品、動画作品、
地域の方の切り絵、書道、などが展示されました。

中学生の神津島夢プロジェクトの一環で作製した「芋ケーキ」も発売され、来場したかたが、興味深く見ており、
お買い上げになっていました。

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島の素材を使ったケーキで、さつまいもの風味が口にいっきに広がる島っぽいおいしいケーキでした。
島の物を使い地産地消、地産土産になっていって欲しいですね。


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様々な作品が展示され、じっくり見ているとあっという間に時間が過ぎて行きました。

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神津島夢プロジェクトの発表では、神津島のCM(プロモーションビデオ)の放映もありました。
中学2年生の方々の島をアピールしたい!という気持ちが伝わってきました。

島の学生と役場などが協力して、観光をアピールしていくのもおもしろい!
など、見ていて刺激される展示会でした。

花正月とほうそう神様

平成28年1月14日(木) 花正月。子供たちが、ほうそう神様へお参りしました。

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神津島では1月14日を「花正月」と呼んでいます。

花正月、物忌奈命神社では、先日のブログでも取り上げた「籤祭」が行われてます。
(籤祭りのブログを見る。)

この日、子供たちは椿の花が付いた枝と、お団子を刺した枝を持ってお参りをします。
お参り後、団子は食べています。

そして、お参り後の社には椿の花のみお供えされています。

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残念ながら、こどもたちのお参りの撮影に間に合わなかったので、
お参りの雰囲気は、どちらも昨年ですが、「本日の神津島1月14日(2015)」と、神津島観光協会ブログをご覧ください。


ここには、説明板があります。
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「ほうそう神様と花正月」

“正月の十四日を神津島では花正月と言い、子供らの無病息災を祈る行事が行われる。
 
この日は家毎に石臼で米の粉を挽き、直径三cmほどの団子を作り蒸し上げてから竹の小枝に数個をさし、
花の付いた椿の小枝と共に子供の数ほど神棚に供えておく。
 
やがて、学校や保育園から帰ってきた子供らは、神棚の団子と椿の小枝を持ち、
それぞれこの「ほうそう神様」へお詣に出かけて来る。
 
神前へ供え手を合わせたお詣の後、椿の小枝は残し、団子だけを下げて食べると、ほうそう神様の裏山へ登り、
手に手に「トベラ」の枝を折り戻って家へ持ち帰る。
 
家では、年寄り達が持ち帰ったトベラの枝を囲炉裏の中へ呪文を唱えながらくべる。
 
火の中でトベラは、はげしい音とともに、異臭と青白い煙を出し葉肉から気泡が出ては消えながら燃えていく。
このことにより、天然痘にかからない呪ないとした。
 
天然痘がなくなった現代もこの行事は続いているが、生活様式が変わり囲炉裏がなくなったのでトベラを持ち帰り燃やすことはなくなった。
 
島では、トベラのことを「シッチリ・バッチリの木」と呼んでいる。
それは、この木が火の中で燃える際、チリチリ、パチパチ、と独特の音を出すからです。“

昭和五十六年三月 神津島村

とあります。


ちなみに、文中に出てくるトベラの葉はこれです。
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たしかに、肉厚で、燃やすとパチパチ、シッチリバッチリと聞こえそうです。


さてさて、ほうそう神様いったい何者なんでしょうか?

まず、「ほうそう」とは「疱瘡」と書き、天然痘ウィルスによる流行病です。
非常に強い感染力で致死率も高く、世界的に恐れられていました。

日本では、6世紀あたりに大陸から流入したと推測されており、たびたび流行しています。
鎌倉の大仏も、「ほうそう」が大流行してしまったため建てたのではないかと言われているほどです。


まさか、神津島のほうそう神様の関連で鎌倉の大仏とつながりがあるとは思いませんでした。


そして、ワクチンの開発と人類の努力により、何千年も続いた、人類と天然痘の戦いに終止符が打たれました。
1980年にはWHOが天然痘の撲滅宣言をだし、「ほうそう」と呼ばれる流行病は一般市民の前から姿を消したのです。


そんな中、信仰の中で、天然痘が流行することを擬人化、神格化して「ほうそう神様」は生まれました。
そのため、どちらかというと、疫病神の性質が強いです。

疱瘡が流行ったり、流行らないようお祈りをする所として、疱瘡神社なるものが生まれていき、
この神津島にも伝わり社が建てられたのだと推測されます。

社には一般的に、八丈島に流刑となった源為朝(みなもとのためとも)や
日本の医薬の神と信じられている少彦名命(すくなびこなのみこと)が祀られているのですが、
神津島はそのどちらなのか、どちらでもないのかは、調べていないのでわかりません。
なぜ、八丈島かというと、八丈島では疱瘡が流行せず、それが、源為朝が追い返したからと言われているからです。

次に、なぜ椿の花を供えるかというと、ほうそう神様は赤い色が苦手だとされています。
定かではありませんが、そのため赤に近い色を持ち、身近にある椿が使われたのではないかと思われます。

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天然痘は撲滅宣言をだされていますが、
現代でもエボラ出血熱の脅威が異国であったり、
新しい流行病が発生するかもしれない、どうなるかはわからない状況です。

島という特殊な環境だからこそ、ほうそう神様へのお参りとともに、
日々の健康管理、予防接種、衛星環境、などに視線を向けてみてはいかがですか?

中学校で百人一首大会が行われました。

平成28年1月14日(木) 神津中学校で百人一首大会が開かれました。

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14日の午後、神津中学校体育館で全校生徒参加の百人一首大会が開かれました。
平日ですが、地域の方も参加できるということで、数名の方が見学や参加をしていました。

この百人一首大会は、神津中学校で10年以上は続いている伝統行事で、
生徒のみなは、この日のために練習を重ね挑んでいます。

ルールは、
4、5人のグループに別れ、予選を行います。
予選で取った札の枚数順でまたグループ分けをして、決勝を行う、2番勝負となっています。


少し冷える体育館、ストーブの音が響くなか大会は始まりました。

先生が読手になり読み上げます。


「ありあけのー」


・・・動く生徒はまだいません。



「つれなくみえし わかれより」


・・・下の句を覚えている生徒は札を探しています。



「あかつきばかり うきものはなしー」

・・・「バン!」 「パシ」、「っす」、「あったー!」「ないーどこどこー??」etc

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各所で札を襲う音と生徒の声が響きます。


さらに、読手は淡々と札を読み続け大会が進行していきます。

上の句の時点取るのはやはり難しいようですが、下の句が読まれてからは、みな必死で札を取りにいって盛り上がっていました。


印象的だったのは、

「目の前の札は絶対にとる!」と言っていた男子生徒がおり、
目の前の札に集中し、札の上に手を添え、即座にとれる態勢になっていました。

しかし、上の句は知らなかったようで、その上の句が読まれ始めても取ることができず、
その隙に、上の句を知っていた女子に、あっさりと札を取られてしまっていたことです。

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勝負とは簡単にはいきませんね。


百人一首という文化を学ぶとともに、勝負の駆け引きを学んでいる百人一首大会でした。

出初式が行われました。

平成28年1月16日(土) 神津島村消防団出初式が行われました。

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平成二十八年の出初式が、よたね広場にて行われました。

式典の開始前、午前9時頃に、消防団員召集のサイレンが村に響き渡り、
団員らがよたね広場に召集され、出初式の準備が行われました。

式典会場の準備が整った、10時過ぎ。
消防団車両と消防団隊員が入場してきました。

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車両を先頭に、団員らが駆け足で追従します。

掛け声はお決まりの、
「こ、う、づ、消防団!・・・こ、う、づ、消防団!」でみな息を合わせます。


式典会場をぐるりと回り、車両は定位置につくと、団員のみの行進となります。
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消防団の団旗を先頭に、消防の使命を負った団員の勇姿が輝きます。

行進を終え、整列し、式典が始まります。
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式典が進む中、団員は式典の状況に合わせ、指揮官の指示、

「整列、やすめ!」 ”ザザッ”

「気を付け!」 ”ザザッ”


を、何回も繰り返し、一糸乱れない動きで連携力の強さを見せつけてくれました。


式典では、国旗掲揚、国歌斉唱、村長挨拶などで防災が語られ、
表彰では、神津島村消防団、団員個人らが表彰されました。

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式典の終盤となると、
団員らが練習を重ねてきた、「小型ポンプ操法」の披露となります。

神津島村消防団の登竜門とされて、
みな「そうほう」、「そうほう」と口そろえて、恐れているプログラムです。
神津島の青年らが必ずしも通る道といっても過言ではありません。


式典会場のスペースが広い所に移動し、4人1組で操法が行われます。
指揮官、一番団員、二番団員、三番団員と役目が決まっています。


…実演する団員は緊張の面持ちです。


そして、「そうほう」は始まりました。

きびきびとした動きを見せてくれます。

そして、ポンプに取水ホース連結!

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ホースを伸ばして、放り投げ、

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放水準備完了!

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そして、放水ー!!!

勢いよく噴射される水に耐える、一番団員。
状況を確認しながら放水を監視する指揮官。
鳶口(とびぐち)と呼ばれる消化用の器具を持って、微動だにしない二番団員。

写ってはいませんが、三番団員は、放水の心臓と言える小型ポンプを守り抜いています。

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そして、赤旗で「放水やめっ!」の指示。


団員らにより、神津島村が火の手から守られた!そう思える「そうほう」披露でした。


実演を終えた団員らからは、緊張が解けたのか、ほっとした表情を見せていました。


最後には、一斉放水を行い、操法のフィナーレです。

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3本のホースから放たれる、団員らの熱意がこもった放水は、飛沫となり天高く舞い上がりました。
きっと、これらが神津島を包み込み、火事のない村にしていってくれる事でしょう。

こうして、式典は無事に終了しました。

こども記者が神津島にやってきました。

平成28年1月10日(土) こども記者が神津島にやってきました。

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【噴水にて。神様になりきるこども記者のみなさん】

1月9日夜竹芝発、10日神津島一泊、11日の飛行機3便で戻る日程で、
東京都大田区立松仙小学校の4年生5人と先生、谷川教授、佐藤編集長、大学生のリーダー2名が、
「NPO法人 海のくに・日本」のプロジェクトとして行われている「われは海の子2015」「現地取材へGO!」の一環として、
来島してくれました。

「われは海の子」プロジェクトは、
・海に育まれ、海の民として生きてきた日本の風土を誇りに思ってほしい。
・日本は、太平洋に浮かぶ島。6852諸島から成る海洋国家の認知を広める。
・「海と島のくに・日本」の姿を、子供たちに伝えたい。
を、活動の軸としています。


今年は、神津島の他に、

小値賀島(おぢかじま)【長崎県(五島列島)】、
姫島(ひめしま)【大分県】
日間賀島(ひまかじま)【愛知県】

の3箇所の離島をプロジェクト別メンバーが訪れており、

過去には、
北方領土(北海道)、沖ノ鳥島(東京都)、対馬(長崎県)、与那国島(沖縄県)、奥尻島(北海道)、南鳥島(東京都)、壱岐(長崎県)、波照間島(沖縄県)、粟島(新潟県)、五島列島(長崎県)、隠岐諸島(島根県)、答志島(三重県)を訪れているそうです。

頂いた資料から読み取ると、伊豆諸島では神津島が初めて取材を受けたようです。


1月10日(日)

さるびあ丸にて上陸した取材班は、まずバスで役場に行き、村長の挨拶や島に関する座学を受けました。

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村長や役場の職員からは歴史や文化、漁業や環境問題など、神津島のことを知るうえで大切なことをお話しいただきました。

こども記者の皆さんは職員の話しをとても真剣に聞いていて、質問タイムの時も、
「神津島の魚はどうやって東京まで運ばれてくるの?」
「神津島にはどんな行事があるの?」など積極的に質問をしていました。


お昼は「よっちゃーれセンター」にてみんなで金目鯛の煮つけ定食を食べました。
神津島では、金目鯛の煮つけが丸ごと一匹出てきます。
「丸ごと一匹食べたのは初めて」とこどもたちの多くは話していましたが、きれいに骨と身を分けながら食べていました。


午後は村の中を見学。

午前中お話しをしてくださった漁業協同組合の組合長さんが多幸湾にあるイセエビのいけすに案内してくれました。
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そこには神津島の海で獲れたイセエビがたくさんあり、長時間の配送となるため、出荷する前にいけすで2?3日ほど様子を見ているそうです。イセエビはお祝い事の席で姿造りとして提供されることが多いため、大きさ以上に見た目が大切。イセエビの大きな角がきれいに漢字の八の字になっていると縁起が良いと言われ、角が折れていたり、目が欠けてしまっていると大きく価値が下がってしまいます。そのため、漁師さんはイセエビを丁寧に扱っているそうです。


その後こども記者の皆さんは島の中を見学。

東京名湧水57選にも選ばれている多幸湾の湧き水を飲んだり、三浦湾展望台やありま展望台での景色を楽しみました。当日は風が強かったものの、天気も良く、ほかの島々もよくみることができました。また、郷土資料館では、神津島の文化や歴史、黒曜石のことについて勉強しました。 そして、一日中、島を回ったこども記者の皆さんは温泉でゆっくりし、夜は星空観察をしました。寒かったものの夜も晴れ、東京の空とは比べものにならないほどの無数の星を見ることができ、子どもたちは嬉しかったようです。



1月11日(月)

前日にたくさん活動していたにも関わらず、子どもたちはとても元気でした。

この日の朝は赤崎海岸や長浜海岸などを中心に見学。
家の近くに海が無いこども記者の皆さんは海岸に行くと目がキラキラし、大はしゃぎ。たくさんきれいな貝殻を見つけていました。同時に、海岸沿いにはたくさんの漂着ゴミが…神津島の海にはペットボトルの容器、サンダルなど小さなものからテレビなど大きいものまで様々なものが様々なところから流れ着いてきます。各海岸では年に9回ほど、海水浴場では月に2回ほど(夏場は毎日)海岸清掃を行っていますが、ゴミは毎日流れついてくるのが現状です。 こども記者の皆さんはゴミの多さに驚きながらも写真に収めたり、どこから流れてきたんだろう?と色々考えていました。

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その後は島の子どもたちと交流しました。
神津島にひとつある小学校にこども記者と同学年の4年生が集合し、
NPO法人うみのくに・日本のスタッフによるレクリエーションから始まりました。

交流の中では子ども記者が島の小学生に混ざってグループに分かれ、「遊び」をテーマにそれぞれ話あうとともに、「神津島にあるもの」「大田区にあるもの」についてそれぞれ意見を出し合い、お互いの住んでいる場所について違いや共通点を見つけだしていました。子どもたちはあっという間に仲良くなり、最後神津島の小学生はバスがでるところを追いかけてくれるほどでした。

こども記者も「また神津島に遊びにきたい」とお別れの挨拶をしてくれました。

あっという間の2日間の滞在でしたが、こども記者の皆さんにとって離島での暮らしを知る大きな一歩となっていただければ嬉しいです。


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籤祭

1月14日(木) 籤祭(くじまつり)が行われました。

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1月らしく冷えた14日、物忌名命神社にて籤祭が行われました。
籤祭とは、3組ある網組の代表が集まり、今年の魚場をくじ引きで決める祭事です。
魚場により漁獲は変わり、1年を左右してしまうので、集まる漁師からは緊張をした、雰囲気を感じられました。

13日からは前夜祭が行われており、社務所での直会、港の竜神様の前で極寒の海に入りお清めを行っています。


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門の前には、籤祭だけで使用するお飾りがしてありました。

14日11時から網組の代表や世話人が拝殿に集い、儀式の始まりです。

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本殿で、神様への酒や魚や野菜などの献上が行われ、次に本殿前まで行き参拝を行いました。

途中、太鼓を一定の間隔で叩く場面もあり、厳かな雰囲気が高まっています。


その後神主が、”神くじ”を頂いてくるので、それを網組の代表が引いていきます。

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”神くじ”を引く様子です。

3人が引き終わったら、神主が呼びます。


「御籤、一番!」


そうしたら、一番を引いた網組が応えます。

「松南組!」

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今年の1番くじは、「松南組」となりました。

結果はこうなりました。
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一、松南組

二、松盛組

三、石嘉組


です。



さてさて、
こうして、くじにて魚場を決めたのですが、
現在は、漁法の改良による規模の拡大によって、三組共同で操業しているので、
どのくじを引いても、みなが協力して漁をします。


こうして、45分程の神事は穏便に終了いたしました。
祭儀の後は、社務所にて、お神酒を頂く直会が開かれ、
神津島で続く、伝統的な祭事が終了しました。

神津島が誇る漁獲高は、こうした伝統を受け継ぐ事にによってなされているのかもしれません。

冬の景色

12月13日(水) 寒気の影響か遠くまでよく見れました。

暖冬といわれていますが、やはり寒いときは寒く、寒気の影響を受けている神津島です。

冬は、空気が乾燥し大気中の埃や水蒸気が少なくなることから、普段見れない遠くの地が見えると言われますが、
この日はまさにそんな日でした。

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富士山の雪冠、輪郭までもはっきりわかりました。
「例年より雪の量が少ないね?」という感想も頂きました。

日本の最高峰、神津島でも存在感が強いです。

続いて、カメラを東京寄りにずらすと、

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伊豆高原や大室山も見えました。
伊豆高原は、別荘地やちょっとおしゃれな観光地、ジオパークとしても注目されている場所で、
大室山はリフトで山頂までいける観光地です。

富士山より、西にレンズを向けると、
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風車が並んでいるのが見えたり、

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伊豆半島の南端、下田市のお隣、南伊豆町や、その後ろには南アルプスと言われる赤石山脈が見れました。
このあたりは、赤石岳、聖岳と思われます。

そのさらに西には、
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南アルプスから繋がる山影が海へと進んでいました。
行きつく先は、御前崎と思われます。

天上山に場所を移し、レンズを伊豆諸島の北部に向けると、
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大島、利島、新島、式根島、鵜渡根島、地内島、早島、それぞれくっきりです。

さらに、新島の背後には、
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千葉県の南端、南房総市もそびえていました。

レンズを伊豆諸島南部に向けると、
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三宅島、雄山の地表面まではっきり見えます。
そして、お隣の
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御蔵島、大野原島(三本岳)ももちろんくっきり。

八丈島もくっきり!と言いたいところなのですが・・・
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八丈島は小雨の予報も出ていて、その方角には、雲があり、薄らとしか見えませんでした。
が、薄らでも見れる事でさえ稀なことなので、よしとしましょう。

ここで、すぐ横を見てみると、注目をまったくしていなかった、島も見れました。

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藺灘波島(イナンバジマ)です。
水平線に米粒のようにぽつっと浮かんでいました。

さらに、神津島の近くでは、
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恩馳島もくっきりと。

神津島の近くと言ったら、祇苗島も紹介すべきなのですが、
祇苗島の写真は撮っていなかったので、ここで文字のみの紹介とさせていただきます。


続きまして、いよいよおおとりです。

神津島村に属する陸地は、神津島、恩馳島、祇苗島に加えてもうひとつ。


残る一つの「銭洲」。
神津島から、南西に約40キロメートル。
標高も高くて10m程。

釣人、ダイビングの極地とも言われる無人島。


神津島から見える銭洲の姿をご覧ください。

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神津島灯台あたりで撮影をしました。

さらに、天上山の登山道からは、

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このように見えました。

離島といえど、神津島の周りを囲む物はたくさんあると教えてくれる1日でした。

みなさん、この神津島から見れる景色を見たことはありましたか?

神津島酒蔵の見学へ行ってきました。

1月13日(月) 地域おこし協力隊の3人が神津島酒蔵へ見学に行きました。

神津島村には、10月から1人、11月から2人の計3人が「地域おこし協力隊」として島で活躍しています。
みな20代の若者で、島のため、地域の為により頑張って欲しいですね。
地域の皆様も活動の支援をお願いいたします。

そして、3人とも、島の事をよく知っているかといったら、もちろん、まだ全然知りません。
3人のうち、1人は地元出身だからよく知っているのでは?とい声もあがりそうですが、
知らない事は知らないとのことです。

なので、島の事をもっと知ろう!ということで、様々な場所に見学にいくことになりました。
 

今回、お邪魔させていただいたのは、「神津島酒蔵」です。

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神津島酒蔵は、麦焼酎の「盛若」やスピリッツの「思馳」などを製造・販売しています。

原料の麦から酒が出来るまでを、順序通り教えて頂きました。

まずは、原材料の麦から。

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国産の麦を利用しているそうです。

そして、この機械で麦を洗い、蒸かします。
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蒸かしたら、麹を入れて1晩置きます。この機械は自動で温度調整を行い、温めたり、冷まして麹の発酵を促します。

さらに、別の温度調整を自動でしてくれる容器に移して、数日間発酵させます。

数日後、タンクに移して、水を混ぜて、1次仕込みとなります。断熱材などを巻き保温しています。
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1次仕込みの樽が十分に発酵したら、2次仕込みです。

1次仕込みの物と、新たに洗浄、蒸かした麦を、同じ樽に入れます。
ここで温度調節をしながら、約2週間発酵させます。

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発酵しています。
この状態で、アルコール度数は14度くらいだそうです。

発酵が充分に進んだら、次は、「蒸留」です。

この機械に入れます。
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タンク内の圧力を下げる、減圧蒸留方式で行い、50℃くらいでアルコールが蒸発していくそうです。

アルコールは、こちらのタンクに溜まっていきます。

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蒸留したものを、樽に移し寝かせます。

この樽は、もともと、ワイナリーでワインを貯蔵していた樫樽を利用しているので、
ワインの色が酒に移っていくそうです。赤ワインの樽だと赤色が付いています。
長く使っていると樽だと、風味が移る事も減ります。
また、貯蔵期間によっても風味の移り具合は変わってきまので、
樽に染みたワインの具合と、貯蔵期間を気にして、寝かせないといけないのですね。

寝かした後は、ビン詰です。
樽の中のアルコール度数は、44度くらいだそうで、
アルコール度数と、酒の透過度を調整してからビン詰です。

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ここで、ビン詰をして、神津島の酒が生まれ、みなさんの家庭へ届いたり、島のお土産となるわけですね!
ちなみに、仕込みは11月から4月あたりで行うので、1年分のお酒をこの時期に仕込んでいます。


神津島の知らないことを知れて、1歩成長した地域おこし協力隊の3人でした。
神津島酒蔵さんありがとうございました。

成人式が行われました。

平成28年1月3日(日) 神津島村 成人式が行われました。

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1月3日、お正月ムードの中、生きがい健康センターにて、第60回成人式が執り行われました。

2016年の本来の成人の日は1月11日なのですが、神津島は離島であり、成人する方のほとんど(全員?)が、
島を離れてしまっているため、お正月の帰省と合わせて一足早い成人式を行っております。

今回は15人の出席で、みな久しぶりの再会を喜んでいました。

15人なので、成人となる方の名前をひとり一人呼びあげることができます。
呼ばれた成人は、起立し、村長や来賓、ご来場の方などに一礼をして式は始まりました。

村長やご来賓の方の挨拶では、
新成人は成人となる自覚を少しずつ実感していったのか、少し緊張した顔つきで、真剣にお話を聞いていました。
私語もなく、とても厳かな雰囲気で式は順調に進み、記念品贈呈など行われ、新成人からの謝辞となりました。

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親や地域の方への感謝。


神津島という小さな島で育ったこと。


みな、社会人や学業で頑張っていること。


成人としての覚悟。


島での記憶を顧みた時に、よい人生だったと思えるように歩んでいくこと。



を述べていました。


神津島に帰ってくる、来ない関係なく、
神津島という存在を、各々の人生の中で生かして大人になっていって欲しいですね。

かくして、成人式を無事に終えることができました。


その後は、会場を模様替えして祝賀会です。
新成人とご来賓の方とのお食事、交流を行います。

オープニングは神津島太鼓を披露。
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太鼓で勢いづけられ、食事、思い出話などに花が咲きました。

この頃には、緊張していた面持も、笑顔になり、
リラックスしてもらった頃に、新成人ひとり一人、舞台に立ち自己紹介を行ってもらいました。


夢へ向かって歩んでいること、勉強していること、自分の仕事の宣伝などを話してくれ、
中には、「神津島に戻ってくる」と宣言している方もいたので、有言実行を期待します。
別に、大学で、インターネット関係のHTMLやCSSの勉強をしていると話しもありましたので、
その技を生かして、このブログのパワーアップもお願いしたいところです。


未来へ輝く自己紹介をしていただいたところで、宴もたけなわ。

三本締めにて祝賀会が締められ、式典が終了しました。



神津島村新成人の皆様のご活躍と発展をお祈り申し上げます。
 

新春 凧上げ大会が行われました。

平成28年1月2日(土) よたね広場にて新春凧上げ大会が行われました。

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乗り初めは朝8時半頃から行われ、10時からはよたね広場にて、凧上げ大会が開かれました。
毎年続く恒例行事であります。

乗り初めに参加した子供たちは、お菓子やみかんなどを拾った後は、よたね広場に大移動し、お正月を楽しみます。
大会と称してますが、競技や大凧をあげるなどのイベントはなく、みんなで集まって楽しく、凧上げをしようというもので、
各々で楽しみながら凧を上げていました。

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今日は、神津島観光協会マスコットキャラクターの「かんむりん」が遊びに来てくれました。
かんむりんは国の天然記念物「カンムリウミスズメ」をモデルにしています。

かんむりんにとっては、空を飛ぶことはたやすいことで、空を飛ぶ楽しさを凧上げを通じて、
子供たちと共有できとても楽しそうにしていました。


この日の風は、不規則に吹き、海から吹いていたと思ったら、いきなり山からの吹きおろしが来るなど、
凧を上げるには難しい風模様でした。なんとか高く凧を上げられれば、安定していたので、
いかに素早く風に乗せて、高くするかが今日の凧上げのポイントでした。

うまく風に乗れば、このように凧があがります。

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順調に見えた凧上げでしたが、この後、強風にあおられ、凧糸が切れてしまい、凧は地面に落ちて行ってしまいました。
何がおこるかわからない。そう教えてくれました。

また、大勢の方が参加していただいたので、上がっている凧の凧糸と凧糸が絡んでしまう場面もありました。
上げている人にとって、煩わしい出来事ですが、見ている方は勝手に「勝負凧だ!どっちが勝つかな?」と見入ってしまいました。
結果、片方の凧糸は切れ、これまた、凧は地面に落ちて行ってしまいました。


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子供たちが多く参加するのには、少し秘密があります。
なんと、参加賞があり、年代別におもちゃが用意されているのです。

開始の際に配った整理券と交換に、おもちゃをプレゼント。ちょっとしたお年玉ですね。

こうして、乗り初めと凧上げで賑やかな1月2日の午前中となりました。

乗り初め

平成28年1月2日 三浦漁港にて乗り初めが行われました。

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三浦漁港にて乗り初めが行われました。
乗り初めとは、地元の漁師の方が、大漁と安全を祈って行うもので、

係留されている船から、お菓子やみかん、おひねりをまきます。

そこに、島民や観光客のひとがたくさん集まって、それらを拾います。
その様子はまるで、船に集まる大群の魚のようです。

子供たちはいかにたくさん拾えるかを競いあっており、
素早い動きで拾っていました。

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船からまき終わったら、日章旗と大漁旗を船から掲げ勇壮な光景となりました。

乗り初めはみかんがまかれていたことから、別名「みかんまき」とも呼ばれています。

各漁師がお神酒をふるまっていたので、
漁師さんとの知り合いが多い方は、いたるところでお神酒を頂いていました。


一通り、まき終わると、広場の方で、干物やさんま、突き立てのお餅やお神酒がふるまわれ、
拾って楽しく、食べて楽しいひと時となりました。

今年も、大漁で安全でありますように。

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あけましておめでとうございます。

1月1日 初日の出

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2016年が始まりました。
1月4日は仕事始め。新年の業務の始まりです。

神津島村に関わる皆様、今年もどうぞよろしくお願いいたします。

写真は、2016年初日の出です。
天上山の裏砂漠展望地から撮影いたしました。

薄暗い天上山の登山でしたが、同じ目的なのか、早朝にも関わらず登山客が多く、
裏砂漠展望台には15人程の方が集い、日の出を今か今かと待ちました。

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海の淵には雲がかかり、水平線からの日の出は拝めませんでしたが、
7時過ぎには雲から顔をだしてくれ、2016年の始まりを、真っ赤な光と共に知らせてくれました。

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多幸湾の桟橋では、日の出を背景に神津島太鼓が披露され、新年の訪れを祝いました。
初日の出と太鼓、法被にさらし。新年らしい雰囲気を感じますね。
寒い中、ありがとうございました。

神津島の人は、働き者と言われる事が多いですが、
元日ばかりは、みな仕事は休み、それぞれの一日を過ごしたかと思われます。

休みもつかの間、親戚への挨拶回りに、1月2日には乗り初め、凧揚げ大会、1月3日には成人式と行われましたので、
神津島のお正月は忙しく、あっという間の年末年始が過ぎていきました。

乗り初めの様子などは、後日のブログで紹介いたします。
 

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