11月25日(水) ウォーキング大会開催!

11月21日(土)にウォーキング大会が開催されました。

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 天気予報では曇りと言っていたはずの週末でしたが、蓋をあけてみれば夏日を思わせる晴天に恵まれました。
気持ちいい日差しの中、前浜・まっちゃーれセンターをスタートし温泉保養センターまでの往復約4キロを、
おのおののペースで歩き、ウォーキングでしか見つけられないものを発見していました。

参加人数は100人を超え、参加賞にはTシャツや、子供にはシューズケースが配られ、
みな、お揃いのユニフォームのように参加賞のTシャツを着て海岸線を歩きました。

今回は、講師として、元オリンピック選手の「荻原次晴」(おぎわらつぎはる)さんを招き、
準備体操や、ウォーキングの指導、講演会をして頂き、島民の健康力UPに力を貸してくれました。
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荻原さんは、現在スポーツキャスターなどの活動をしており、
以前はスキー競技「ノルディック複合」選手として世界で活躍していました。
1998年の長野オリンピックでは6位入賞を果たしています。

ちなみに、荻原さんには双子の兄「荻原健司」(おぎわらけんじ)さんがいらっしゃり、
共にノルディック複合で切磋琢磨をしていったそうです。

ウォーキング後の講演会では、その双子の葛藤を話していただきました。

講演の内容は、

先に世の中で人気になったのが、健司さんの方で、次晴さんはしだいに影の中へ追いやられてしまった。
双子で似ていることもあり健司さんと間違えられよくサインを求められることもあり、
初めは「弟です」と伝えていたが、その内面倒になり次晴にも関わらず「健司」とサインしてしまうようになってしまった。
それは、自分自身の右手で自分自身を否定してうことであった。
次晴さんは、それが悔しくて悔しくてたまらなく、オリンピックで兄を抜き、見返してやる!と決意することに。
努力をし、兄以上の実力となるが、長野オリンピックでの選考大会では不調に陥り、思うような結果はでなかった。
過去の実績などを考慮され、なんとか「長野までにはスランプを抜け出せ」という条件付きでオリンピック出場枠に入ることができた。

大会当日。
前半の競技「ジャンプ」では、なんと3位。兄の健司は10位あたり。
後半の競技「クロスカントリー」ではジャンプの順位順にスタートをするので、
次晴さんは順位を落とさなければ3位銅メダル。2人抜けば金目メダルの位置。
兄の健司はメダル獲得するには数人を抜かなければならない。

そしてクロスカントリーのスタート。
次晴さんは必死にスキーを進める。外国人選手数人抜かれれるも日本人トップをキープ。

・・・レースも終盤にさしかかったころ。

次晴さんの後ろに健司さんが追いついた。

健司さんに勝って、見返そうと思って臨んだ長野オリンピック。
次晴さんの決意に見向きもせずに、健司さんは次晴さんの横を通りすぎ、次晴さんの前に出た。

しかし、次晴さんには大きな心境の変化が生まれていた。

「やったぁ!健司と二人並んでテレビに映っている。
荻原健司と荻原次晴という双子が全世界に放映され、俺たちが双子だってことを証明してくれてる・・!!」

次晴は必死で兄の健司と並びレースを進めていった。

そして、レース終了。
最終的に健司さんは4位、次晴さんは6位で長野オリンピックを終えた。


次晴さんは清々しい気持ちだったと語ってくれた。

兄の影に隠れてしまったと感じていた自分だが、
そうなったからこそ、自分がこうして努力をして長野オリンピックに出場できた。
振り返れば、すべてがよかったと思っている。今があるのはその頃があったおかげだから。

と。語ってくれました。

次晴さんは長野オリンピックで選手を引退し、この時の経験を糧に、
スポーツキャスターや登山ツアー開催など活躍をしています。

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このページは、産業観光課が2015年11月25日 09:05に書いたブログ記事です。

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